本棚の前が定位置

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「違う」から始まるコミュニケーション/歴史を変えた誤訳

こんにちは。

 

オバマさんの自伝の

表現の誤訳が話題になっていますね。

Twitterのコメントを見ながら

この本を思い出しました。

 

歴史を変えた誤訳 by鳥飼玖美子

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第二次大戦の原爆投下は

誤訳のせい?

経済摩擦を産んだ誤訳、

などなど、

通訳や翻訳の持つ

文化を伝える重要性が

埼京線の満員電車の人混み並に

詰まってます。

 

私が特に悩まし〜と思うのが

5章に出てくるEC関係の通訳の場で出た

この発言。

「今日の通訳は素晴らしかった。

自然な英語でよく理解できたし

なんの違和感もなかった。

ただ、日本人の話を聞いて

なんの違和感もない、というのは

どうゆうものだろう。

わかりにくくても、

ギクシャクした訳でも、

オリジナルの日本語をそのまま

直訳した方が、あとでより深い理解に

つながるのではないだろうか?」と

疑問が出された。

通訳者が、本来あるべき

文化の違いを

取り除いているのではないか

ということですね。

 

そんなこと言われても。。

と驚くとともに、

アハ体験した時のように

目が開いた気がしました。

 

なぜ、違う文化の人と

通訳の人を雇ってまで

コミュニケーションを取るのか。

 

それは文化の違いを理解することが

お互いをより理解することに

つながるから。

 

だから、違いを感じないと

理解できたか不安が残る、

というわけです。

 

いわゆるバイリンガルの人より

日本で生まれ育った人が

通訳・翻訳者として

能力が高い人が多いのも

違いを強烈に認識できるからかも。

 

そして、

自分とは違うんだ!ということを

前提にするのは

日本人同士でも

家族でも同じ。

忘れないようにします。